社長コラム

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起業から株式会社に至るまでの軌跡

第2話 決断

私は起業する前は大阪のアパレルメーカーのシステム課に勤務していました。
その会社ではIBM製のAS400というオフコン(基幹業務の効率化を図るために作られた小型コンピュータ。 一般にシステムの構築を行い、開発も可能。オフィス・コンピュータの略)を使っていて、私がコンピュータを本格的に触るようになったのはこの会社に勤めるようになってからです。
1浪に就職浪人と人よりもかなり遅れた社会人デビューでした。
その理由はまたいずれお話させて頂くとして、どのような業務をその会社で行っていたのかと申しますと、生産、物流システムはもとより、経営管理資料に至るまで、ありとあらゆる業務に携わらせて頂き、その関連資料の作成やシステム開発の担当をさせて頂きました。
また特にオフコンでできないデータの加工作業等はパソコンで作成するといった業務です。
オフコンのオペレーティングは研修に行かせて貰ったり、先輩からの指導で技術を少しずつ身に付けることができたのですが、パソコンに関しては殆どが独学でした。


当時はまだDos/VというOS(オペレーティングシステム)でしたが私がオフコン同様にパソコンに興味を持ち始めたと同時にWindows3.1が陽の目を浴び始め、あの歴史的なWindows95の発売で世の中がマイクロソフト一色になって行った時代でした。
それと同時に大阪の日本橋にもパソコンのパーツ関連を扱うお店が増え、私は毎週末、足繁く日本橋に通いました。
兎に角、パソコンが好きで仕方がなかったのだと思います。
元来、私は好奇心が旺盛な人間です。
パソコンはOSやアプリケーションがなければ「ただの箱」です。
ところがOSがあってアプリケーションがあれば何にでもなるという「未知の可能性」を見ていたような気がします。
「この魔法の箱でどんなことができるのだろう?」、気が付けばというか時間があればパソコンを触っていたような気がします。
いわゆるマニア的な感じですかね。
その結果,自作パソコンのパーツやパソコン雑誌、その他パソコン関連商品に給料、ボーナスのほとんどを使っていました。
また、システム系の雑誌を見れば大手SIベンダーの方々の斬新で先進的なソリューションのお話が数多く掲載されており、「私もこの人達と一緒に仕事をしてみたい」という衝動に駆られていました。
考えてみれば「随分、子供であったなあ」と思います。


ただその欲求は日に日に強くなっていきました。
やっかいなことに日々の仕事もまた私にとっては興味深いことが多く、会社は会社で毎日が勉強の連続で、会社が終わった後、自宅に戻ってからは自分の興味(趣味?)のあることについて勉強をしていました。
言うまでもなく睡眠時間はほとんどありませんでした。
ただ誰に強制された訳でもなかったので、毎日楽しく過ごすことができました。
日々の「仕事」と「趣味」に明け暮れる楽しい日々はしばらくは続いていたのですが、世の中、何もかもうまく行く程甘くはありません。
そう、どの会社にでもある人間関係に結構苦しみました。
幸い、人間関係がどうとかではなく、自分の「思い」の強さが原因で退職することになりました。


これは今になって思えば本当に良かったと思います。
何故かというと人間関係で会社を辞めて、別の会社に行っても同じように人間関係でまた会社を辞めてしまうと思うからです。
どんな会社にも色んな人がいて、それぞれの思いや考え方があり、あたり前のことですがなんでも自分の都合のいいようにはならないものです。
お互いの考え方や生き方を尊重しなければ共同作業なんてでできないと思います。
何を当たり前のことをと思われるかもしれませんが、その当時にはこんなあたり前のことすら解からなかったのです。


これは独立してから(今も)何度か突き当たっている壁ですが、つい自分本位に考えてしまうんですよね、人って。
自分が一番正しいと錯覚してしまうというか、その時は自分がどんなにいやな人間かは気づかないものです。
この辺りで自分自身の考え方と言いますか、「園田有希生」がどのような人であるかが何となく解かり始めたような気がします。
また、とりあえずではありますが勤めていた会社での自分の存在価値を認識できた時でもあったような気がします。
だからこそ独立しようと考えたのでしょう。
その頃の自分自身に当時納得できなかったことを今も良く覚えていますから。
「私に何ができるのか?」これが退職した最も大きな理由だったと思います。
退職を決意したのは1996年1月、27歳の時でした。
会社を辞めることについて周りの多くの人が「こんな時期にやめない方がいいよ」とか「やめて何するの?」とか色々と心配をしてくれていたのですが、私の気持ちは変わりませんでした。
その半年後の1996年6月15日に私は退職することになりました。
今もよく聞かれるのは「なぜ独立したの?」です。
今思えば「よくやめたよなあ」と思ってしまいます。
やめて一人で仕事をするようになってから会社のありがたさが勤めていたとき以上に判りはじめました。


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