社長コラム

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起業から株式会社に至るまでの軌跡

第3話 独立

1996年7月1日、フリーとなった私は自分の会社の名前としてブレーンウェ-ブという社名を掲げることにした。
手持ち資金120万円の私に事務所なんて構えられるはずもなく、またそれほど「独立した」という気持ちもなかったこともあり、自宅の玄関に手作りの看板を貼り付けました。
ただこの時、何故か遥か先のことまで夢が膨らみ武者震い(?)したのを今も覚えています。


勤めている間は開業準備等を一切していなかったので実際にブレーンウェーブとして開業準備に入ったのは1996年6月16日、退職した次の日からでした。
社名の由来というかキーワードになるのが、「共鳴、共有、協調、波及、閃き」等々です。
私が独立したときに今後、自分自身がどのように進んでいくのかを考えたときに頭の中で浮かんだ言葉です。
もし自分が組織を作るならというのを念頭において、また会社のかなり先のことまで考えて社名は決めました。


現在BWはソリューション事業部、データデザイン事業部、メディアデザイン事業部、ネットワークソリューション事業部、EC事業部、人材開発事業部の6つの事業部でシステム開発やデータエントリー業務、アウトソーシング業務、デザイン、企画等様々な業務をするようになりましたが、正に小さな点から少しずつ派生して現在に至っております。
各事業部がそれぞれの業務では特化しておりますがプロジェクトが立ち上がれば各事業部からメンバーを選抜してプロジェクトチームを編成するというある意味では社名の由来に近い組織形態と行動パターンができつつあります。


独立当初、確かに「もし自分で会社(組織)を作るならばこんな会社にしたい」と思っていた形態の会社に今はなりつつありますが、実は私自身会社をやめて起業をそれほど望んでいた訳ではありませんでした。
今もそうなのですが、当時の私は知識(技術)に飢えていました。
そのため「高度な技術を持った方々やどのような業種(仕事)でも構わない、仕事ができる人、一流と呼ばれる方々と仕事がしたい」、その思いでいっぱいでした。
会社(組織)を作ろうと本当に思ったのは、独立して1年後ぐらいだったのではないでしょうか。


独立してまずどのような会社でもするのが営業です。
勤めていた会社でシステム開発会社や他業種の何社かとは担当レベルでは深いお付き合いをさせて頂いていたので独立後、何かお仕事を頂けるものだと思っていました。
ただ各社とも規模の大きな会社で、いざ独立して一緒にお仕事をして頂けるかというとそんなに簡単にお仕事を頂ける筈もありません。


あまりにもお粗末なお話なのですが、私は内勤でシステム課に勤務していたのでシステム関連の大手メーカーや開発会社の技術の方とは面識があったのですが、営業の方やシステム開発会社との直接的なコネクションはなく、もっと言えば営業経験のない私は何も知らなかったのです。
結局、会社をやめて気づいたのですが、勤めていた会社の看板でお仕事をさせて頂いていたのだというのが、独立して1ヶ月も経たない内にいやと言う程わかりました。
「世の中は厳しい!」というか、私があまりにも甘かったのかもしれませんが、もう少し回りからの助けがあると思っていたのです。
ただ家に居ても仕方がないので、とりあえず営業を兼ねて独立のご挨拶で私の知る限りの会社を回ることにしました。
独立して3ヶ月、新しく自宅に設置した電話はただの置物でした。
この間にさせて頂いたお仕事は、友人からの紹介でウィンドウズのセットアップで1万円を頂いた1件だけでした。


3ヶ月で売上1万円、もちろん給料なんて・・・。どうしよう・・・。


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