社長コラム

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起業から株式会社に至るまでの軌跡

第11話 設立「有限会社ブレインウェーブ」

日々の仕事に徐々に忙殺されながら迎えた1996年の師走。
当時まだ今ほどインターネットは普及しておらず、法人レベルでもまだまだその環境がない時代でした。
そんな中、あちらこちらで定額のインターネット接続サービスを提供するプロバイダーが出始め、徐々にインターネットが一般に広まろうとしていました。

私は勤めていた時に会社のホームページを制作するにあたり、インターネットに関する情報収集をしていました。その中でこれからはインターネット技術を身に付けておくべきだと確信を持っていました。

私が勤めていた時(1993年~1995年頃)にはどこの会社もまだWWW(World Wide Web)の意味から理解するといったような状態が多く見られました。
またサイトを立ち上げれば「***会社がホームページを開設」と業界紙に取り上げられたりもしていました。
現在、システム関連で今から起業しようとする方であればインターネット環境は必須の環境で安価に構築できますが、私が独立した当時は現在よりもコストが掛かり、常時接続環境を導入するのにどの企業も躊躇していたものです。

私は勤めていた頃に自宅にインターネットの環境を持っていましたので、独立した時には「弊社は既にインターネット環境がありますよ」と自慢そうに言っていたのを覚えています。
今考えれば既にかなりの方がインターネット環境を持ち始めていた過渡期で、世間を知らなさ過ぎる自分が恥ずかしいですね。

丁度この頃、今では珍しくない「Linux」にハマッテいました。
「Linux」との出会いは1995年ごろだったと思います。
この頃は今のように「Linux」に関する書籍もあまりなく、Webサイトから英文のドキュメントで知識を得るというような状態でした。

独立してから数ヶ月経ったある夜、私はいつものように技術情報を取りにWebサーフィン(もはや死語かも・・・)をしていた時に、これまた今では珍しくもない企業側から私のようなフリーに対して仕事を依頼するサイトに辿り着きました。
私としては初めてこのようなサイトを見たので、「なんとありがたいサイトがあるのだろう」という気持ちでした。

早速、数社にメールを出しました。その内の何社からか返信があり、すぐに訪問させて頂くことになりました。
ある会社には何度も呼ばれて打ち合わせもさせて頂いたのですが、お仕事にまで結びつきませんでした。
それから暫くして1通のメールが届きました。

このメールが後々、「ブレーンウェーブ」を大きく変えることになるのですが。
思い起こせば仕事の話になるまでメールで何度かやり取りをこのメールの送り主としたのを覚えています。
今風にいうと「メル友」ですね。
このメールの主を知った今となってはちょっと気持ち悪いですが…。

相手はあるシステム開発会社の営業部長をされているIという方でした。
ある日このメールの送り主であったIさんから「一度、会社に来てください」と言われて会社に伺うことにしました。
その時はその会社の社長様とIさんが応対してくれました。

私は久々に緊張していました。
そして私の経歴をお話させて頂くと、Iさんから「今後、色々と開発を一緒にやっていきましょう」という返答を頂きました。
ただ私はこの時はまだ一人で仕事をしていたのでお仕事をお受けできなかったのですが、「次の機会には是非」と言って席を立ちました。
この帰り道、私は「そろそろ本格的にブレーンウェーブを会社にしないと駄目な時期かな…」と思い始めていました。
実は他のクライアント様からも「一度会社にお伺いします」とのお話が何度か出ていたのですが、「今はまだ自宅で仕事をしていますので…」と来社をお断りしていました。

ただ資金もないためどうしようかとある晩、父に相談したことがありました。
「そろそろ有限会社ぐらいにして、本格的に事務所を構えて仕事をする必要があるのかもしれない。このまま家を事務所にして仕事をしていては中途半端になりそうやわ」。
もちろん纏まったお金もなく国民金融公庫は一度断られているし、また銀行が貸してくれるはずもなく…。
そして父に相談した次の日、父から「お前にお金を貸してくれる人がいるぞ」という連絡が携帯電話に掛かって来たのです。
「一体誰が? 今の僕に出資してくれる人なんかいるんやろか?」

出資者は父の友人で、私が子供の時から色々とお世話になっている方でした。
父に相談した次の日の晩に、私の目の前には新札の1万円札の束が帯び付きで3束ありました。
300万円。
出資者はわざわざ、私の自宅にまでお金を届けてくれたのです。
その方は「このお金はもう有希生君のお金や。出資でもなければ貸したお金でもないから好きに使ってや。間違っても返そうと思って商売はせんといてや」。

私はこの方と父の気持ちを考えると涙をこらえることができませんでした。
どんなに大変な時でも父は他人様からお金を借りることはしない人だということは母親からよく聞かされていました。

その父がお金を借してくれるようにお願いしてくれたこと、まして自分の友人に。「有希生君、がんばるんやで!」そう言ってその方は家を出ていかれました。

独立して9ヶ月目の1997年4月、私は「ブレーンウェーブ」の代表から「有限会社ブレインウェーブ」の代表取締役となりました。
私は父ではなくこの方からお金を頂いたこと(借りたこと)がこの後会社を経営していく上でのエネルギーになったのは間違いありません。
何故かというとこの300万円はお借りしたことにさせて頂き、有限会社設立後、2年後にお返しさせて頂きました。
私は会社設立と同時に短期的目標として「300万円+αの返済」を掲げました。

この目標達成に2年掛かりました。
この目標を掲げた結果、金額の大小に関わらずお金の大切さを身をもって体験させて頂きました。
300万円というお金の価値を嫌という程認識できたのは言うまでもありません。


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