社長コラム

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起業から株式会社に至るまでの軌跡

第12話 御恩

「うーん、どこに事務所を構えようか・・・、どうせなら一等地だ!」 不動産屋さんを知人に紹介してもらい、何件か物件を見て回りましたが条件が合わず苦労したのですが立地条件、家賃とも申し分ないところに事務所を出せることになりました。
それまで全く知らなかった方々のご協力により大阪の中央区南本町に事務所を出すことになりました。

ビジネスをする上では申し分のない場所でした。
ビジネス街で駅からは近いし活気があるし、やはり自宅で仕事をしていた時には感じられなかった「会社で仕事をするんだ!」という、言いようのない気持ちにさせてくれる場所でした。
ただこの事務所開設も不動産屋さんのKさん及びビルのオーナーであるM社長の信じられないような御心遣いにより実現したのです。

会社設立の資金はシステム開発等で必要な機器とクライアントへ納品するための商品の仕入でかなり使っていました。
事務所の開設に使えるお金の上限は決まっていたので、それを前提で事務所探しをしたのですが、なかなか気に入った物件がありませんでした。

お金を出せばもちろん申し分ない事務所を持つことができたのですが、そんな持ち合わせはなくひたすら無茶な条件を言い続け門前払いされていた時、「園田さんに会いたいと言っているビルのオーナーがいらっしゃるので一度ご一緒しませんか?」とKさんがお声を掛けてくれたのです。
行ってみると立地等は申し分なく、後は保証金と家賃のみです
。Kさんに連れられてエレベーターをおりて社長室に案内をして頂きました。

そこには温厚そうなM社長が私を待ってくれていました。
名刺交換をさせて頂き、応接のソファーに座り私の経歴とブレインウェーブという会社の今後の展開などをお話しさせて頂き一息つくと、M社長が「元気な子やなー」とまるで子供扱いです。
確かにM社長からすれば私は子供のようなものでした。

M社長: 「いくらぐらいの家賃を考えてるんや?」
私: 「*万円です。」
M社長: 「はっ?」
Kさん: 「今のフロアーでは広すぎるので間仕切りとかできないですかね?」
M社長: 「あんた何を言うてんのや。」
私: 「手持ちのお金は*万円です。保証金として払えるのは*万円、
毎月の家賃は*万円これ以上は払えません。ただ家賃の滞納や夜逃げはしませんから。」
M社長: 「・・・今のフロアーを間仕切りして1つ部屋を作ろうか。坪数にして10坪ほどになるはずや。


その代わり毎年家賃を払える分だけでいいから上げてもらえる契約にしてもらえるか?」
私: 「全然、問題ありません。その代わり最初の1年目の家賃は*万円でどないですか?」
M社長: 「なんやてー!」
私: 「僕はがんばって儲けて払えるんやった来年からとかせこいこと言わんと、
今年からでも家賃に上乗せして払わせてもらいます。そやから最初は*万円からや。」

M社長はひっきりなしに電卓を叩いて、ため息をつきながら、

M社長: 「なんぼ計算しても一緒や。もうその家賃でええわ、好きなようにせー。」
私: 「ありがとうございます。」
Kさん: 「良かったねー、園田さん。私、こんな交渉見たことないですわ。がんばってねー。」
M社長: 「間仕切りとか、なんやかんやで何日かいるけど、いつからや?」
私: 「来月から入ります。」
M社長: 「壁作ってドア付けて結構な作業になるから、
工事が間にあえへんかったら最初はドアのない事務所になるけどそれでもええか?」
私: 「最初の荷物は机だけやし構いません。」
Kさん: 「では契約書等は後日、ご用意させてもらうので今日はこれで。」
私: 「Kさん、必要なお金と明細をそれまでに貰えますか?用意しますので。
必要経費の分も含めてなるべく早くなんぼいるか教えてください。
M社長、ありがとうございます。僕がんばりますんで。」
M社長: 「お前みたいな恐ろしいの見たことないわ。」

初めて自分の会社に出勤した時、扉もなく机が1つパソコンラックが1つの事務所でしたが、なんだか嬉しくて力がモリモリと沸いてくるようなそんな感じがしました。
出勤して間もなく、M社長が来られ妙な質問をされました。

M社長:「事務員さんもいないし、一人やからガスや水道は使わんな?」
私: 「いやー、なんぼ一人や言うても水道は使いますよ」
M社長: 「使わんて言え!」
私: 「はい、使いません!」
M社長: 「もし水道やガスが必要な時は、私のわからんように使えよ」
私: 「・・・」

なんと毎月の請求からM社長はガス代と水道代の料金を値引いてくれたのです。
我侭聞いてもらって、ここまでやってくれてがんばらなウソやで。

この日から約1年半ほどの間M社長の下でお世話になりました。
事あるごとにM社長は「壁とって事務所広げる日がいつくるんやろうな?、いつでも言えよ」、「株式会社にはまだならんのか?」と。

またある時は壁で仕切られ他社に倉庫として貸していた部屋に私を連れて行き、「今度はここまで広げて壁を作ろう!」とうれしそうにお話をしていたのを思い出します。

私はこの期待に応えるべく必死でがんばり、1年後の再契約の時に家賃のある程度のアップをお願いしたのですが、なんと年間で2千円ほどのアップしか受け付けて貰えませんでした。
そして従業員数も若干増え私を含め5人となり、「事務所も狭くなってきたなあ」と思い始めた設立2年目の時にM社長が体調を崩され他界されました。
なんの恩返しも出来ないままでした。
後からM社長の身内の方から、私のために色々と考慮して契約書を作ってくれていたことや間仕切りに掛かった費用の件などを聞かせて頂きました。
私はただ手を合わせてお礼を言うしかありませんでした。

今、こうして私が「起業から株式会社に至るまでの軌跡」というこのコラムを書けるのは、M社長が信頼も何も無かった無鉄砲な私に会社としての場を提供してくださり、会社としての第一歩を踏み出すことにご協力してくださったからだと思っています。
本当にありがとうございました。

M社長のご冥福を心よりお祈り致します。


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