社長コラム

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起業から株式会社に至るまでの軌跡

第15話 黒い太陽

「やばいなー、布団から出なきゃ・・・」。
布団を持ち上げる力さえも無く、私はそのまま暗い闇に落ちていきました。
1998年5月、29歳の時でした。

1998年3月末、有限会社となって最初の決算。
幸いにも僅かながら黒字が出ていました。
「4月からはもっとがんばろう」と思っていたのですが、体中から悲鳴が聞こえてきていました。
以前より時々ではありますが、強烈に歯が痛くなったり吐気がするほどの激しい頭痛に襲われたりはするものの、何とか無事にここまではやってこれていました。
ただ今度は今までとは違っていました。
4月になると40度を越える高熱が出始め、病院に何度か行ったのですが、診断結果は「風邪」と「疲労」のためということだったので点滴で済ませていました。
そもそも仕事を休むわけにも行かなかったのと、この時の私の中には会社(仕事)を休むという考えが全く浮かばなかったので、この間もずっと出勤していつも通り作業をしていました。
高熱が出るため体が強烈に震え、薬を飲むためのコップの水さえもこぼれるほどでした。
病院で座薬を貰って熱を下げても暫くするとまた40度を超える熱で体の節々から悲鳴が聞こえ始めてきます。
夜は流石に布団で寝てはいたのですが、信じられないぐらいの汗が毎晩のように体から出ていました。
両親も見かねて会社を休むようにと説得をしてくれていたのですが、私はどうしても会社を休むことが出来ませんでした。
また関節の痛みと体の震えのために歩けず会社に行けない時は、行くのを止めようとする父に反対に無理を言って会社まで車で送って貰ったこともありました。
こんな状況で1ヶ月以上も仕事が出来ていたのが不思議です。
しかし会社にいる間は、打合せをしている時もクライアントのところでも、疲れ気味には見えるものの、それ程いつもと変わらない様子だったそうで、誰もがこの後、私がどうなるかなどは知る由もありませんでした。
本人ですら予想もしなかったことですから・・・。

クライアントも徐々に増え始め、売上も順調に推移し、会社は開発スタッフとデータエントリーのディレクションを担当するスタッフ、私を含め5名になっていました。
またご縁があって様々なビジネス展開で協力をして下さったK氏の紹介でBW始まって以来の大きな開発の仕事のお見積をクライアントに提出した後のことでした。
その日は今まで以上に体の節々が高熱の影響で痛み、「目に見えない力」がこれでもかと言わんばかりに私の体を攻撃してきたのです。
遂に会社に行けずに休むことにしました。
布団に横になって昼頃だったでしょうか、「体が動かない・・・」。そして私を暗い闇が覆いました。
後に母から聞いたのですが「体に太陽が入ってきた!」とうなされていたそうです。

目がさめると腕にも鼻にもチューブが、そして私の大事なところにもチューブが差し込まれていました。
「意識が戻った!、ゆきおの意識が戻った!」父の声が聞こえてきました。
そして泣きそうな父の顔が見えました。
「いったい・・・、僕は・・・」。


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